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 五年程前から夕食後毎日散歩するようになった。きっかけは健康の事もあるが、狭い家で家族が見るテレビの喧噪に煩わされず、一人で落ち着いて考える時間がほしかったのと、何より娘の受検で一種のお百度参り的な含みをもって始めた。
 最初は汗びっしょりになりながら走っていたが、一年ほどで膝を痛め、それから歩くようになった。距離は8キロ前後。時間にして約2時間。3パターンのコースを適当に繰り返している。

 そのコースの一つに国道1号線の近くを通る場所がある。国道1号線はご存じ旧東海道に平行して作られ、唯一名古屋市内の南区から熱田区に入る所で、ほぼ直角に西に曲がっている。当然の事ながらその地点は渋滞する。それは今まで考えもしなかった事だが、国道1号線といえば東名・名神高速道路が出来るまでは日本の経済を支える大動脈の筈であり、そんな幹線がどうして直角に曲がらなければならなかったのか。  

 「道」について色々考えてみた。目的地への一番安全でしかも効率よく到着できる空き地の連続した箇所を「道」と解釈して、人はその必要性から幾多の試行錯誤を繰り返して、最善の道を作ってきた。そしてその道に沿って生活が形成される。
 ところが前述の国道1号線が直角に曲がるのはどう考えても不自然である。そこでこの辺りの旧東海道はどうなっていたか調べてみた。やはり随分手前からもっとゆるやかにカーブしていた事が判った。おそらく建設当時は土地問題やその地域の利権が大きく左右した結果であろう。

 現在、全国に中央卸売市場は87箇所あり、地方を含めると1,500を超す。
 生鮮食料品がこれら全国の卸売市場を経由しなくなり、そこに拠点を置く大半の卸売業者や仲卸業者の経営状況が悪化している。戦後、国は農家や漁業に携わる産地業者の育成と生鮮食料品の安定的な確保と供給を目的とした卸売市場法を策定し、全国に卸売市場を建設した。それまでは自然発生的に作られた青空市場に人々は日々の食料を買い求めていた。衛生面やトラブルも少なくなかったであろうが、物不足につけ込む中間業者が暴利を貪る事を排除する目的があった。それらの諸問題を解決する有効な手段として、人為的にせよ法律の力で作られた組織は、その後40年間立派にその使命を果たすこととなる。
 ところが、ここ15年くらい前から、物の流れは次第に場外へと移ってきている。市場関係者が卸売市場法にあぐらをかいていた訳ではないだろうが、気がつけば人気商品の殆どは直接メーカーから末端小売店へ出荷される。

 この「新しい道」はどうも本来のあるべき姿を映しだしているようにも見える。つまり国が卸売制度を作る際に目的の一つとした「生産者の保護と育成」の結果、産地業者が全国どこにでも販路を見いだせるだけの力を持つに至った事。そして末端小売店の多くが組織化され、これも全国どこからでも受け入れる体制を整えた事。
 当然の結果として、中央卸売市場の機能は次第にその役目を限定されつつある。

 仮定の話だが、今もし卸売市場法が撤廃されたら食料品の供給はどうなるだろうか。多分、何も変わらないだろうし、むしろ効率がよくなる可能性もある。人間には知恵がある。その場に一番適応できるシステムを自ら作り出してゆく能力を持っている。我々が本気になって考える力を引き出すきっかけになるかもしれない。

 人為的に作られたものはいずれ手直しが必要となるが、必要があってごく自然に出来たものには説得力があり、合理性がある。
ネオンの輝きを増す街の雑踏を避けながら、一人の中年が足早に歩いていても声はかけないでほしい。

組合 高田 H14.8
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