ローマの水道
バルブの起源をたどると、紀元前1000年ごろの古代エジプトの遺跡から発掘された、コックと推定される木製のものまで遡ることができます。
そして、古代ローマ時代には、すでに貴族の家にまで水道のパイプが敷設され、その出口には青銅製のコックが着いていました。また、カリグラ帝時代(紀元40年ごろ)の軍船にも青銅製のコックが使用され、2000年以上も前から金属製のバルブが実用化されていたことが証明されています。
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わが国初の金属バルブ
わが国でも、酒樽にみられるせん(栓)はかなり古くから使われていましたが、金属製のバルブが登場したのは、文久3年(1863年)薩摩藩がイギリスから紡績用のボイラを輸入した時一緒に入ってきたのが最初といわれ、実際にわが国で製造したのは明治にはいってからのことです。
それは、横浜市が水道事業を開始(明治18年)し、続いて東京ガスの事業化などにより、バルブ製造の専門工場が作られたことに始まります。そして大正の初期までは、水道ガス、紡績用の青銅バルブが需要の中心でした。
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近代工業の発展とともに
第一次大戦後、わが国の各種産業は急速に発展し、その歩みをはやめていきますが、バルブもこれに伴い鋳鉄・鉄鋼など品種を広げ、その役割も高まってきました。
そして、第二次世界大戦後は、復興建設資材としてただちに生産が開始されるとともに、石油化学工業を初めとした諸産業の急激な発展のなかで、設備の高度化を支えるために、様々な種類のバルブが誕生し、その用途は限りなく拡大してきました。まさに、バルブ工業の発展は、わが国の生活環境の進展、近代工業の発展とその歩みをともにしているといえます。
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バルブと給水せん
前述のように、バルブは配管の途中に取り付けられて液体を制御するものですが、給水せんは水道のじゃ口ともいわれるように、給水管や給湯管の末端に取付けて、流水の開閉を行うものです。
このように、流体をコントロールするものであるため、給水せんも広い意味でバルブに入りますが、通常は配管の途中に取付けられるバルブとは区別して取り扱われ、通産省の統計上も給水栓を他のバルブと区別して扱っています。
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