染色の歴史

紋章 紋章の起こりは平安時代で
当時は牛車や衣服に 付けられていましたが
その後は武家の目印となり、江戸時代に広く庶民の間に普及し 
現在では家の家紋をつけ礼装用の衣装として利用されています。

名古屋における黒紋付の歴史は、呉服屋小坂井家の由緒を調べた
「圀秘録」によると慶長16年(1611年)に紺屋頭の小坂井新佐衛門が
尾張藩内の旗幟などの製造調達に当たっていたとの記述があることなどから
江戸時代の初期には既に製造が始まっていたものと考えれます。

又、現存する黒紋付としては
天保年間(1830〜1843年)慶応年間(1865〜1867年)と
推定されるものがあり、現在の職人の系図を辿ると
文政2年(1818年)までさかのぼることができます。

このことから江戸時代の末期には現在の技術・技法が確立されるとともに
産地としての基盤が確立したものと考えれます。
紋章紋章紋章
現在、名古屋黒紋付染の特色は
こうした先人たちの技術・技法に改良を加えられ
紋章の部分を白く残す技法紋型紙を使い初めから紋の形のみを白く残す
この紋型紙は12枚もの美濃紙を重ねた伊勢型紙を用い
6000種を超える紋章の輪郭をノミで突き彫りして作り
白生地の紋位置に「メンコ」糊を使用し両面に貼り合わせ
両側から紋当金網で押さえ糸で止める技法です。